コロナ禍の最中、非日常な日常をみんなが生きてるセカイでの毎日

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2020年がはじまったのも、もう遠い昔のようだけど、まだ4ヶ月とちょっとくらいでしかない。数年前から約束されていた夏の祝祭を前にして、非難苦言あれどまあ盛り上がるんだろうなと思っていた2020年、この3ヶ月4ヶ月の間で世界は本当に変わってしまった。

緊急事態宣言からまだたった1週間ながら、90年代のセカイ系の物語にでも迷い混んでしまったような閉塞感の重い日々が続いている。保育園は医療関係、公共関係で働く家庭を優先として利用自粛を求められており、平日も休日もパパママ娘3人でいる。家とそのまわりが今僕たち家族が生きている世界だ。

僕も妻もテレワークできているからではあるが、そもそもこんなに長い間、父母子が継続して一緒に過ごす時間を持つということに、自分の子ども時代を含めて人生レベルの経験がない。家業がケーキ屋だったり青果店だったりする家の子にとっては、結構こういうのに慣れてたりするものなのだろうか。

さておき、小田急線郊外在住民の常として、片道1時間オーバーの通勤がない点は体力的にありがたくはあるし、なによりコロナ感染のリスクを最小化できる。僕も妻も勤務地は東京方面にあるなか、この現状は非常にありがたい状況と言える。

ただ、平日それぞれ仕事をして、気まぐれで相手しろオーラを常に身にまとう3歳児の相手をしながら、食事は極力自炊、こまめに換気、掃除、せんたく、そこに突然の娘おもらしなどケア、定時になったらさあ食事の準備を…という生活は、やはりなかなかに大変だ。

お隣に住んでるご一家のお兄ちゃん(4つ)、妹ちゃん(もうじき2つ)も似たような状況なので、互いの庭で子どもたちを遊ばせる時間を作ることができる点はすごく救われている。庭で子どもたちを遊ばせたり、屋外でノートPCで仕事したりもしやすいように、ずっとほしかった簡易テントも買ってみたよ。

あと、昼休みのランチを娘お気に入りのパンダ公園(パンダの遊具がある)で過ごせるのも良い。

日の光を浴びることは大事だ。

ただ、今のところ事態の終わりが見える気もしない中、今後長期化するとなると、本来であれば保育園で期待できる年少さんレベルの教育的経験ならびに社会的経験が、いまの生活ではまったく子どもに与えることができない点が夫婦ともども気がかりになってくる。

3歳という年頃はなかなか微妙で、まだ知育動画やコンテンツをそれそのものとして楽しんだり学んだりするには幼すぎるのだ。

毎日、子どものリアクションを実験しながら僕も妻も互いの仕事を進め、消化の早い洗濯物や使用済み食器の数々をやっつけ…とかしていると、毎晩僕か妻、どちらかは動けなくなる。毎晩どっちかはぐったりしてしまう。

とはいえ、泣き言で終わっていてもジリ貧なだけなので、みんなで相談しながら、明日もいろいろトライしてみることになるはずだ。日々に追われ、コロナに怯えながらも、せっかくの家族みんな一緒の日々。うまい活用リズムを見いだしていきたい。

コロナが一段落し、僕がフットサルを再開できた日が来たら、個サルのプログラム終了後、集まったみんなでハイタッチして喜ぶんじゃないか、へたすりゃ泣いちゃうんじゃないかな、とか、スーパーで値上がりしてる牛肉を前にぼんやり想像してた。ハイタッチって濃厚接触になるのかね?

hidari

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